植物ってどうなってるの?
一歩外に踏み出すと、道端には様々な草花や街路樹、お買い物に出かけると野菜・果物、お花や観葉植物などたくさんの植物を目にします。ざっと見てると、草は草、花は花だし、木は木といった感じもあるかもしれません。もちろん植物という分類、グループ分けの中では同一ですから、大まかに見れば似たものに見えるかもしれません。それでも少し、興味を向けてみてみると、意外な違いがあったり、むしろ違いが見つからなかったりと、ちょっとした植物への深みへはまるかもしれません。
そんな深み、「何が違うんだろう」「何が共通してるんだろう」「何が特異なんだろう」といったことが研究され、のちにスウェーデンのリンネさんらによって、それらをもとに分類されていきました。そんな成果のおかげで、現代の情報社会では、「あの植物がどうなってるのか」「この植物はなんなのか」といったことを逆引きできるようになっているのです。
「分類」という整理のおかげで、果てしない規模の植物界の一角を垣間見れるようになりました。それによって、この植物とあの植物が非常に近しい植物で、まるで「実は親戚でした!」的なのが判断できるようになりました。しかし、人とは面白いもので、ぱっと見やら初見イメージなどで、なんとなくそれっぽい名前を植物につけて呼ぶものです。その呼称が長く続いた結果、この分類のおかげで「あそこは赤の他人だった。」ことも起こるようになりました。
そんな分類についてちょっと掘り下げていきます。
生き物の中の植物 ~生物の分類に突入~
人は、、、生き物です。犬や猫ら動物は、、、生き物です。
植物は、、、もちろん生き物です。同じ生き物です。そんな生き物の範囲でどこで分類され分かれた生き物と判断されるのか?
生き物、つまり『生物』という果てしなく大きな大きな集団は、『ドメイン』と呼ばれる以下3つの分類領域に分かれます。
- 古細菌・・・アーキアともいい、およそ生物が生存できるとは思えないような極限環境で見られる。(極限環境とは、ものすごい塩分濃度の湖やらものすごい温度の泉などのような場所。)
- 細菌・・・いわゆるバクテリア。結核菌やコレラ菌など病原菌として知られるものから、納豆菌や乳酸菌のような健康分野でよく耳にするものも。
- 真核生物・・・格の中にDNAがあり、古細菌や細菌(原核生物)の細胞に比べ複雑な真核細胞で構成された生物。
とりあえず、細かい内容はここでは省いたうえで、この3つの分類のうち、植物は真核生物に分類されます。犬や猫ら動物に加え、わたしたち人もこの真核生物に分類されています。
さぁ、まだ人と植物も、猫や犬も同じ分類の中です。あんなにも異なる見た目の生物同士でありながら、どこで別れていくのでしょうか。といいつつも、この『ドメイン』の下の階層分類になる『界』で分かれます。「真核生物ドメイン」の中でついに植物という存在は、『植物界』という形で独立します。この真核生物ドメインでは以下の『界』へと分かれます
- 動物界
- 植物界
- 菌界
- 原生生物界
- 古細菌界および細菌界(あわせて「モネラ界」あるいは原核生物界)
いよいよ、植物の『界』、つまりは「植物の世界」に突入です。
いざ植物世界へ ~『植物界』~
さぁ、ついに植物の世界『植物界』へ入りました。ここから初めて木と木、花と花や草と草といったような植物の共通点や相違点から分類される領域になっていきます。
『界』の次の領域 ~『門』~
分類において、『界』の分野の後には『門』という分野が来ます。ただし、植物の定義、つまり「植物とは?」「植物界に分類されるものは?」に対して、普段見ることができるような範囲外、例えば肉眼で見ることができないような生き物も含まれています。アクアリウムをはじめとして、水草を視ることも増えてはいるので、多少イメージはしやすいかもしれませんが、陸上、いうなれば土の上にある草木花だけが『植物界』の民ではないという事です。その中には海藻やより微細な藻なども『植物界』の民であるという事です。
- 灰色植物門
<緑色植物亜界>
[緑藻植物下界]
- 緑藻植物門
[ストレプト植物下界]
- メソスティグマ藻植物門
- クロロキブス藻植物門
- クレブソルミディウム藻植物門
- ホシミドロ藻植物門
- コレオケーテ藻植物門
- 車軸藻植物門
- ゼニゴケ植物門
- ツノゴケ植物門
- マゴケ植物門
- 維管束植物門
<紅色植物亜界>[紅色植物門]
- 紅色植物門
上のように分類されるが、“<>”、“[]”のように『植物界』から各『門』までには、多少細かな追加区分けがありますが、分類学の時代時代による捉えや進展により、大きな階層区分に含まれない形のグループ分けもあります。加えてコケ植物(ゼニゴケ植物門、ツノゴケ植物門、マゴケ植物門)及び維管束植物門は「陸上植物(land plant)」とも呼ばれています。この「陸上植物」がいわゆる植物として、一般的に普段目にすることが多い植物たちです。ここまでの『門』の領域までに関しては、目にも見えにくい、もしくは見えないこともあり、複雑ではあろうともイメージしにくいので、わからない複雑さですが、この「陸上植物」からはイメージもしやすいことからも、わかるゆえ、複雑さにリアリティを含んで際立ってくるように感じます。それにしても、すでにカテゴリーがかなり増えてきました。とても複雑になることも含め、ここからは特に「陸上植物」の中から、『維管束植物門』に焦点を当てて進んでいきます。
Land Plant, This is Plant
陸上植物 ~維管束植物からの出門~
ここから、より身近な姿かたちをした“まさに植物”といったような植物たちと出合うエリアを進んでいきます。各『門』の先には、まるで手綱が伸びているかのように、植物の分類としては、以下にも細かく分かれていきます。もちろん、その分、どんどんその領域の数は膨大に増えていきます。前述したとおり、より身近な部分に差し迫ることのできる植物界のうち「陸上植物」の範囲の『維管束植物門』から踏み出していきます。私たち人も、大多数的には地上、つまりは陸上に生活している生き物なので、明らかに近しい植物と出合う領域の感じが沸くので、ある意味でいいネーミングセンスというか、ベストマッチな選択なような気がします。「陸上植物」、シンプルでストンと落ちるネーミングです。さて、『維管束植物門』ですが、「維管束」聞いたことがある人も多いと思います。学校で習う植物の授業で出てくるキーワードです。
維管束
師管や導管が集まった管の集合、まとまりのことを指します。「維」は、糸が集まって布が形成される様子から成り立ったとされる漢字で、「保つ」「つなぐ」といった意味があるそうです。維管束は、人の骨格や血管のような役割があり、植物の葉、茎や根それぞれをつなぎ体を保っています。そんな、「管」が束となったもの、それこそまさに「維管束」。
師管
葉で光合成によって作られた栄養分(糖)を体のすみずみに届ける管を指します。どうして「師」なのか、そんなことを思います。「師」という漢字には、「神に仕える人」を意味するようで、そこから知識や技術を教える人を指す言葉に使われるようです。そこから勝手に想像してみると、光合成は太陽の光を源に起こります。太陽は、「太陽神ラー」を筆頭に神として、かつてから崇められることが多くあります。光合成は、主に葉で行われます。つまりは、葉が太陽光により反応し、養分を作りそれを体のすみずみに伝える。言い換えれば、神である太陽からの伝令である光を受け、民である体の部位部位に栄養という伝言のような神の思し召しを伝え届ける。そんな管が「師管」という捉えでもいいのではないだろうかと、思いつく適当を書き連ねてもみるのでした。
導管
根から吸い上げた水や養分を体全体に導く管、そのまま「導管」。
そんな仕組み、体の構造を共通して持っている植物たちが『維管束植物門』に分類されました。そんな『維管束植物門』から出ている『綱』はどんなものがあるのでしょうか。
- ヒカゲノカズラ亜門
- シダ亜門
- 種子植物亜門
『維管束植物門』は、手綱を辿っていくと、さらにゲートがあります。上の3つのような『亜門』です。さらに、『種子植物亜門』には、
- 裸子植物下門
- 被子植物下門
という2つの『下門』と呼ばれる門もあります。門の量が2重、3重でまるで北国の玄関かといった重厚な作りです。植物を育てている方々ならむしろ、ビニールハウスの中のトンネルのような。非常に暖かそう、なんて余計な空想でございました。『種子植物亜門』の『下門』に関しては、「裸子」と「被子」の違い、つまりそこがキーワード、「種子植物」の最初の分岐点であることがわかります。つまり、種子がむき出しの「裸」か、何かを「被」っているかという事です。いずれも「種子」がある点が共通点です。その点から見ると、『ヒカゲノカズラ亜門』及び『シダ亜門』と、『種子植物亜門』との違いは、種があるか無いかということです。つまり、『ヒカゲノカズラ亜門』と『シダ植物亜門』は種子がない、種子による繁殖をしない植物という点が分岐点です。また、『ヒカゲノカズラ亜門』と『シダ植物亜門』に関しては、非常に大まかにいうと小さい葉(小葉)で構成されるか、大きな葉(大葉)で構成されるかという相違点で分岐しています。
『門』出 ~『門』から延びる手『綱』~
『門』の領域も手綱を辿るように、それぞれ「亜門」、「下門」をくぐると、如何なるか。それについてみていくと、各『門』から出る『綱』は以下の通りです。
[ヒゲノカズラ亜門]
- ヒカゲノカズラ綱
[シダ亜門]
- トクサ綱
- ハナヤスリ綱
- リュウビンタイ綱
- ウラボシ綱
[裸子植物下門]
- ソテツ綱
- イチョウ綱
- マツ綱
[被子植物下門]
- モクレン綱
『ヒゲノカズラ亜門』と『シダ亜門』では、前述の通り大まかに「小葉」と「大葉」の違いで、『ヒゲノカズラ亜門』からの辿る『綱』は一方向の『ヒゲノカズラ綱』。『シダ亜門』からは4つの『綱』を辿ることができますが、つまりはいずれも、俗にいう「シダ植物」であり、その「シダ植物」を4つに大きく区分けしたものとなります。そして、『裸子植物下門』は3つの『綱』を辿ることができます。「裸子植物」、つまりは種子がむき出しのタイプの植物は、この3つの『綱』の行方となります。意外や意外かもしれませんが、最も一般的というか、最も身近な植物の大半が含まれているであろう「被子植物下門」からは、1本の手『綱』しか伸びていないのです。それが『モクレン綱』。かつての旧分類法においては、子葉の枚数に焦点が当たっており、子葉が2枚の「双子葉植物」という「綱」を意味する分類でした。その下門から出る綱には、子葉が1枚の「単子葉植物」という「綱」にも分かれていました。
子葉
小さな葉っぱと書いて「子葉」。何かというと、一番最初に開き出てくる葉っぱのことです。この子葉は種の中に元から備わっていて、それにちなんでか、種を“マメ”に見立てたかのように表した上で、“マメ”にある葉っぱで"マメっぱ(豆葉)"何て呼ぶ人もたまに見かけます。子の葉と書きつつも、本当の意味でベビーリーフかと思います。一般的なベビーリーフは、本葉も現れた、実際はヤングリーフとでも称せるのかもしれません。
現在、最新の主流となっている分類法においては『被子植物下門』=『モクレン綱』として捉える子tができます。その最新の分類法は、この「被子植物下門=モクレン綱」に焦点が当たった分類方法で、ゲノム解析からの実証により構築され、「APG体系」や「APG分類体系」と呼ばれている。APGはAngiosperm Phylogeny Group(被子植物系統グループ)を意味していますが、これ自体は分類を実行している植物学者の団体であり、実際には、この分類体系への命名はないそうです。そんな無名かつ有名なAPG体系は、この先の「被子植物下門=モクレン綱」にて採用されていきます。
そして、この手『綱』を辿った後は、『目』という領域へたどり着きます。まるで手綱の手元位置から焦点を絞っていくかのような、的を絞っていくかのようなエリア帯です。
『目』を使う域 ~違いが見えてくる頃の予感~
焦点を絞って見ていくようにすると、『目』の分野になります。もちろん、どんどん細かさが増していく領域です。それ故、しっかりと目をこしらえて的を絞らないといけないのかもしれません。まさに注目していかないといけないエリアでしょうか。そんな『目』の領域を見ていきます。まずは、「被子植物下門=モクレン綱」以外を記します。
<ヒカゲノカズラ亜門>
[ヒカゲノカズラ綱]
- ヒカゲノカズラ目
- ミズニラ目
- イワヒバ目
<シダ亜門>
[トクサ綱]
- トクサ目
[ハナヤスリ綱]
- ハナヤスリ目
- マツバラン目
[リュウビンタイ綱]
- リュウビンタイ目
[ウラボシ綱]
- ゼンマイ目
- コケシノブ目
- ウラジロ目
- フサシダ目
- サンショウモ目
- ヘゴ目
- ウラボシ目
<裸子植物下門>
[ソテツ綱]
- ソテツ目
[イチョウ綱]
- イチョウ目
[マツ綱]
- マツ目
- ナンヨウスギ目
- ヒノキ目
- ウェルウィッチア目
- グネツム目
- マオウ目
以上のように、少しずつ耳にしたことがあるような植物の名前や、むしろ反対に全く耳にしたことがないような名前も現れてきました。それでも「マツ綱」の中に「ヒノキ目」があるように、“その領域の仲間だったのか!”というのが、少しずつ見えてきました。さて、もう一つの『門』かつ『綱』、前述したAPG分類体系で捌かれている「被子植物下門=モクレン綱」を見ていきます、と行きたいところですが、焦点を合わせていこうとすると、ぼんやりと大きい区切りが思っているよりも高く広がっているようです。そんなぼんやりを上目遣いで見てみます。そんなこんな言い表しを通り過ぎて、この『モクレン綱』は『目』の分類の前段階で、少し大きい範囲の『上目』という分類分けがされます。
[被子植物下門>モクレン綱]
- アンボレラ上目
- スイレン上目
- アウストロバレイヤ上目
- モクレン上目
- ユリ上目
- マツモ上目
- ツゲ上目
- ヤマモガシ上目
- キンポウゲ上目
- ヤマグルマ上目
- ミロタムヌス上目
- バラ上目
- ベルベリドプシス上目
- ナデシコ上目
- ビャクダン上目
- キク上目
これらの『上目』の中で、「モクレン上目」「ユリ上目」「ミロタムヌス上目」「バラ上目」「キク上目」には細かな『目』があります。これら以外は、『上目』から『目』へ一直線、つまり名称が一緒なので『上目』もあるようでないような区分なのかもしれません。では、実態へより焦点を合わせて、『目』を見ていきます。
[モクレン上目]
- カネラ目
- クスノキ目
- モクレン目
- コショウ目
[ユリ上目]
- ショウブ目
- オモダカ目
- キジカクシ目
- ヤマノイモ目
- ユリ目
- タコノキ目
- サクライソウ目
- ヤシ目
- ツユクサ目
- イネ目
- ショウガ目
[ミロタムヌス上目]
- グンネラ目
[バラ上目]
- ブドウ目
- ニシキギ目
- ウリ目
- マメ目
- ブナ目
- キントラノオ目
- カタバミ目
- バラ目
- ハマビシ目
- アブラナ目
- クロッソソマ目
- フウロソウ目
- フエルテア目
- アオイ目
- フトモモ目
- ピクラムニア目
- ムクロジ目
[キク上目]
- ミズキ目
- ツツジ目
- ガリア目
- リンドウ目
- シソ目
- ナス目
- セリ目
- モチノキ目
- キク目
- ブルニア目
- マツムシソウ目
- エスカロニア目
- パラクリフィア目
以上が『目』の領域です。ご覧のように、聞いたことのある植物の名前がぞろぞろと現れてきました。似ているようで似ていない、似てないようで似ている、そんな見た目でギリギリ判断つくかつかないかという眼で見て楽しめる分野が『目』なのかもしれない。そんなことはないのでしょうが、そんな気持ちで植物を見るのもまた楽しいように思います。
そしてやはり、意外に近しい存在だったんだという植物が見えてきます。たとえば「ユリ上目」を見てみると、「ユリ目」と「ショウガ目」が同じ領域にあります。花で際立つユリと香りスパイスで際立つショウガがまさかの遠い親戚同士であるかのような。「バラ上目」で見ると、「ウリ上目」と「ブドウ上目」があります。キュウリでなじみ深いウリは青い香りで漬物などに扱われるのに対し、芳醇な香りと甘み、そして渋みで魅了するブドウがまさかの遠い親戚同士であるように。まるで“あの武将は私の遠い先祖なんだ”とか“この偉人、実は僕のひいお爺ちゃんのお母さんのお兄ちゃんのいとこなんだ”的なノリの遠いながらも、系譜の見えるつながりがある関係同士なんです。まさに「実は親戚でした!」のような、わかるようでわからない、わからないようでなんかわかる、そんなことを感じ始めることができる『目』の領域、植物の興味深さと共に、科学の発展とともに見ていける角度、視点の興味深さが伝わってくるようです。
明確な一つに向かう進路から見えるもの
科・属・種 細かで明らかになる世界へ ~垣間見る家族周(科・属・種)辺~
『目』の域を抜け、より詳細な分類に差し迫っていきます。ここからは、目で見て明らかにここが似ている、共通しているといううのがわかりやすい領域に個人的には感じています。例えば花の形や花びらの枚数が似ている、同じようそうだが色や大きさだけが違うといったような、細かな部分ではあるが注目すると明確に見えてくる共通点から、仲間探索でもできそうなレベルの分類に感じます。
そのくらい共通している点があまりにも多い段階での分類となので、『目』の時のような、遠すぎる親せき感よりも、どちらかと言えば家族レベルに似ている点が多いかもしれません。実際に、この分類『科』に関しては、英語では“family”、ラテン語では“familia”、つまりは“家族”を意味する単語が当てられているほどです。『目』の以降には、『科』が続いて分類項目として使われ、次に『属』、そして『種』と分かれていきます。『科』から『種』に向かって、比較される部位における違いや共通点は、より些細なものとなっていき、『種』にさえなってしまえば、もはやコレといった単一の植物を指し示すことができるような具体性のある分類です。それだけあって、そうとうな数となってしまいます。少し掻い摘んでみていくことにします。
Zoom up "ナス - family"
『ナス科』について、かいつまんで見てみます。『ナス目』に含まれている『ナス科』ですが、一般的な共通点としては、5枚の花びら(花弁)を持つことが挙げられます。『ナス科』には、その名の通りナスを含んだ『ナス属』、ピーマンなどを含んだ『トウガラシ属』、タバコなどを含んだ『タバコ属』があります。いずれも、花びらが5枚です。花の全容が、まるで五芒星の星をイメージさせるかのように花開いているように見えます。これらの『ナス科』は、その色合いやサイズ感などには違いはあれど、同様な花の開きがみてとれるように感じます。ここで、同じ『ナス目』の『ヒルガオ科』を見てみます。ヒルガオ科には、ヒルガオは然り、アサガオが含まれます。その花は、 星形のような開き方ではなく、『ナス科』の鋭角さとは異なり、円形のように開いています。見た目としては全く違う植物のように感じることができるくらいの違いが多少残っています。しかし、個人的には、『ヒルガオ科』の花にしても、その花びらの重なり方、重なり具合の影が描いている様は、五芒星の星の軌跡のようにも見て取ることができるように感じます。そんな近しさも残した違いが、同『目』の中で各『科』に現れているのでしょうか。それにしても、『ナス科』の中にタバコが含まれる『タバコ属』があることに驚いた方もいるかもしれませんね。まさに、“実は親戚だった”状態です。野菜という“健康”カテゴリーで見られるナスや唐辛子と、現代では“害悪”なもののように扱われているタバコ。扱われている概念としては、まさに正反対ですが、非常に近い植物同士で家族同士のようなものという分類的事実があるのです。決していずれの植物にも良し悪しはなく、あくまでも人間の取り扱い、それは物理的にも非物理的にもですが。人において容量・用途を適切にと言ったところなのでしょうか。
ヒルガオ科から続く物語
さて、アサガオ、ヒルガオ、ときまして、さてはヨルガオ、同じ「ナス目ヒルガオ科」にあります。同じ家族同士、もしくは親戚同士といったところでしょうか。ヒルガオはその名の通り一直線『ヒルガオ属』にありますが、実はアサガオとヨルガオに関しては、『サツマイモ属』にあります。あの、近年、“焼き芋”、“干し芋”などヘルシースイーツとして注目されているあのサツマイモにより血がづいた血縁だったんです。それでもアサガオとも非常に近しい園ではあることに変わりはないですが。むしろそこから考えると、サツマイモと唐辛子、“あま~い”の代名詞と“からーい”の代名詞、かけ離れているように見える2つが、まさかの“はとこ”的な関係、つまりは“実は親戚でした”の関係にあるのも、面白い驚きがあります。
それはさておき、アサガオ、ヒルガオ、ヨルガオときてもう一つきになるものがありませんか。それは、“ユウガオ”です。朝、昼、夜そして“夕”があります。ただし、ユウガオだけは全く別の植物なんです。“えっ?同じようなものでしょ?同じシリーズものでしょ?”そんなことを思いたくなりますが、分類上、ユウガオだけはまったく別の植物種なのです。同じ被子植物同士ではありますが、そこまでです。「キク上目ナス目ヒルガオ科」であるアサガオ、ヒルガオ、ヨルガオに対して、ユウガオは「バラ上目ウリ目ウリ科ユウガオ属」と手綱から合わされた焦点から全く異なっているのです。これこそつまりは、親戚風に見えていて、“真っ赤な他人”のような関係だったんです。似て非なるものの極み、似てるのは名前だけだったようなものでした。それぞれを実際に見てしまうと、名前が似てるのが不思議なくらい“他人”関係です。それでも同じ植物同士ではあるのですが。
人が生み出した『分類』で見る植物のおもしろさ
『植物界』→『門』→『綱』→『目』→『科』→『属』→『種』と、分類、植物分類について触れてみました。言ってしまえば、人間による人間のための、便利にさせるための区分けではありますが、それをもって見てみると、今まで勝手に思っていた、抱いていたある植物のイメージが、理想通りの展開、ストーリ上にある植物だったり、まったく予期せぬ線上の植物であったりもします。
“実は親戚同士”だったり“真っ赤な他人”だったりは、それらのひとつの例えです。分類はあれど、植物が人々に与えているものは、それをあっという間に覆いつくすほどの寄与があります。それ故、植物に対して、知らぬ間にいろいろなイメージを勝手に抱いています。決してそれは悪いことではなく、むしろそれがあるからおもしろいのです。そのある意味破天荒なイメージを、分類という整然さと比較するようなコントラストがきっと面白いのだと思います。また、新たな植物への興味が広がるようなものかもしれません。
こんな視点からでも、より一層、植物のイメージが広がっていくことを期待しています。













